神主の心得
 この心得は、神主ほかの部分を変えれば、一般の方々にも役にたつと思われます。
1)神主は、 一日は、朝の潔斎で身を清め、身なり服装を整え、正法(おしえ)・規律を重んじて心を
正し、掃除・挨拶(朝拝)・準備に始まり、明き清き正しき誠を以って祭祀に勤しみ、己
が任務(つとめ)に励みつつ、片付け・掃除・挨拶(夕拝)に終わる。
2)神主は、 「大神ありて我在り」の心で、倫理・道理を弁え、一口一行(いっくいちぎょう)を正して、

他人を煩わす事無く、後ろ指を指される事無く、信者・子孫・後進の手本となって、

教え導く者で、祈祷師・職人となってはならない。
3)神主は、 作法・学問を身につけたから「もう良い」ではありません。「此れからが本番です」死ぬ
まで敬神の念厚く、父母に孝養を積み、兄弟仲良く、夫婦敬愛睦まじく、子孫を慈しみ、
友には誠を以って接し、他人には礼節を以って正しく交わり、驕り高ぶる事無く慎み深
く知徳を養え。
4)神主は、 「我が敵は我が意中に在り」。【感謝】の心を無くせば、《高慢》となり、『自我欲』が増し、
「不慳貪(ふけんどん)、不瞋恚(ふしんにん)、不邪見(ふじゃけん)」の意心を無くし、「不殺生(ふ
せっしょう)、不偸盗(ふちゅうとう)、不邪淫(ふじゃいん)」忘れ、「不妄語(ふもうご)、不綺語(ふきご)、
不悪口(ふあくごう)、不両舌(ふりょうぜつ)」を忘れて、大神に仕える心無く、『善悪』を顧みず
我欲を貫く。
5)神主は、 「神社は修練の場所である」。神教えを得て己で己を律し、己を磨く所である。
己自身に戒律を持たず日暮しすれば、執着心が増え、我欲の儘に支配され、堕落する
だけで、神の道に進む事も、己を磨く事も出来ない。一律を持って我欲に打ち勝ち、自
身で自身を自制すべし。
6)神主は、 「最初から名人はいない、初めは皆素人である」。何事も一人前に成るには「他人に出
来て自分に出来ない事は無い。まだ努力が足らない。出来るまでは・・・」の心で、悪い
箇所を改め治し、頭を使い手を抜かず忍耐強く、努力をすれば、堕落者として涙を流す
事は無い。
7)神主は、 「野に咲く花になれ!!」。咲く花はすべて今日を此の時を限りと尽くし、一生懸命咲いている。
今日切られるから咲かずにおこう。明日焼かれるから少し咲いておこう。人が見ていな
いから適当に咲こうという花は無い。神主も無関心・無気力で、狡くダラけ怠け甘す事
事無く、今の任務・嫌な事にも忍耐強く努力を尽くせば、やがて花咲き実を結ぶ。